last updated 1997/09/16
第124話(全130話)
立ちはだかる闇(3/3)
延々と続くかに思えた細い通路を抜けると、フィンフィンもパピロもワーターも、ひどく衰
弱してしまったように見えた。彼らは愛情や信頼や親しみといったプラスの心を栄養としてい
る生き物だからこそ、すべてがマイナスだった通路に、大半のエネルギーを吸い取られてしま
ったのだろう。
「帰るときに、もう一度いまの通路を通らなきゃならないんだとしたら、おいら、ここで一生
暮らすことにするよ。この先に何があるんだとしても、いまみたいなひどい場所よりましなは
ずだもの」
言うパピロに、フィンフィンが囁く。
〈先はないよ。ここが終点みたいだ〉
「終点?」
〈ここで一生暮らすっていうのもすごいことかもね。流れから考えれば、ここはバアグの家の
玄関先だよ〉
「バアグ!」
声を上げるパピロに、星読みたちはうなずいた。
「ここがバアグの世界だ」
「だったら、おいらここに住むのやめる!」
パピロが宣言したが、やはり誰も相手にしなかった。
マリカが進み出る。目の前に闇が立ちはだかっていた、それはさながらドアか壁のように見
えた。黒く塗られた壁。しかし近づくと、そこには壁も板もないのがわかる。ただ垂直に立ち
はだかる闇が口を開けているのだ。その闇の手前に碑文のようなものが刻まれた石が敷石のよ
うに置かれている。マリカは跪いてそれを読んでみた。
《テオとテラを結ぶ糸を携えし者のみ入れ》
碑文にはそう刻まれていた。マリカは顔を上げて星読みを振り返った。
「バアグが刻んだのですか?」
「そのようだ。実際にはだれが刻んだのかはわからん。先代の、そのまた先代の星読みかもし
れん。しかしそれがバアグの命じた条件であることは間違いない。ここより先へ進めるのはそ
の刻まれた言葉の条件を満たすものだけだ。ここから先は結界になっている。条件を満たさぬ
者は決して入れぬ」
マリカはマスターを見た。
マスターもマリカを見た。
「きみがテオなんだね、マリカ」とピート。
「ということは、あなたはテラってことになるの、マスター?」
問われて、ピートはコクンとうなずく。それは間違いない。マリカがテオなら、ぼくはテラ
だ。
「ならば、進みましょう。この先へ」
マリカは躊躇わない。ここまで来て、躊躇う理由がない。それはピートも同じだった。アー
バムの言葉に疑問や不安を感じるようなら、こんなところまで風に流されて来たりはしなかっ
た。
「この先は闇によって封印されておる。もし間違って進めばふたりとも封印の中へ閉じ込めら
れるだろう」
「さもなければ弾き返されるか」
「どちらにしても生きて戻れはいない」
「それを覚悟で進むなら、先へ進むことだ。バアグがそこにおる」
星読みたちが言うと、マリカとピートはお互いの手を握り合った。
マリカはマスターの手に血が通っているような暖かさを感じた。その瞬間、マリカの心の中
を、エルモの森であの少年と視線を合わせた時に吹いたのと同じ風がサァッとよぎって行った
。「行こう、マリカ」
「ええ」
マスターの声にうなずいて、マリカは闇へと足を踏み入れる。スッと足の先が消えた。闇に
吸い込まれたように見えなくなった。マリカは意を決してさらに前へ進み出る。目は閉じなか
った。彼女はすべてを見届ける覚悟だった。その覚悟があれば、きっと闇さえ見通すことがで
きるだろう。マリカはそう思った。
彼女と手をつないだマスターも一緒に闇に飲まれて行った。
フィンフィンは心でピートに語りかけ続けていた。
〈ピート! 無事かい? ピート、闇の向こうに何があるの? バアグがそこにいるのかい?
きみもマリカも平気なのかい? おい、返事をしてよ。ぼくの声、聞こえてるだろう?〉
応えは返らない。フィンフィンの声を闇が跳ね返しているかのようだ。
闇は揺らぎもせずに、フィンフィンをみつめ返していた。
〈応えてよ! 返事をしてくれ、ピート!〉
再度、呼び掛けてみた。答えが返ってきた。その応えは声ではなく、物体だった。
ドーン! と大気を震動させる破裂音が聞こえたかと思うと、闇の結界の向こうから、マス
ターの体が吹っ飛んで来て、フィンフィンの目の前に転がった。
「わ!」
と思わずフィンフィンは飛び下がってしまう。
マスターは完全に機能停止状態で、全身水でズブ濡れ状態だった。手足の蛇腹のジョイント
部分から電気が焦げるような匂いを放つ白い煙が吹き出している。
「すごいね!」とパピロ。「ポンコツがオンポロになっちゃった!」
〈何があったんです!〉
フィンフィンが訊くと、星読みが応えた。
「このロボットはテオとテラを結ぶ者ではなかった、ということだ。だから結界に弾き返され
たのだろう」
〈マスターは選ばれた者じゃない? そういうこと?〉
「この機械は選ばれた者の器でしかなかった、ということだろう」
言う星読みたちはすぐにマスターへの関心を失った様子で闇の奥へと目を戻す。その顔をみ
つめてから、フィンフィンはマスターへと目を戻した。マスターの手には茶色い花が握られて
いた。マリカのストレスを癒すために、マスターがエルモの森へと捜しに行った花だ。だがい
ま、その花の意味を知るものは、この場に誰もいなかった。
〈ピート・・?〉
マスターにそっと声をかけてみる。しかしフィンフィンにはロボットの鎧の中に、ピートの
心はもう感じ取れなかった。ピートはもうマスターの中にはいない。ならば、ピートはどこへ
行ったのだろう?
フィンフィンは闇の奥へと目を向ける。壁のように立ちはだかる闇の向こうに、ピートもマ
リカも見えはしなかった。あらゆる存在感も心も、結界が吸い取ってしまっているようだった
。
(つづく)
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